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明利学舎の中学受験 社会指導 ② |江東区・江戸川区 西葛西、葛西及び東西線沿線エリアで国・私立中学受験ご希望の方へ|Blog

行基と噴水 時代の 「背景」 のとらえ方についてお話しします。 うねり流れと言い換えることもできます。 連続していく 「流れ」 という考えで見つめてみます。

 今更言う必要もないのですが、 「時代の流れ」 とは何かと申しますと、 研究者が時代と時代の 「境目」 を見出し(研究し)、 時代の流れの方向が変わったのはいつなのかを見極めたものです。 見解は研究者によって異なる場合も多々見られますが、 中学受験では、 細部の異論についてまで考察することはないでしょう。

 歴史の授業では、 やや 「強引に」 歴史の流れを強調します。 細かい歴史用語はその後に憶えさせます。

 例えば、 今から概観する飛鳥時代は、 「物部守屋」 と 「蘇我馬子」 の争いから始まって、 「推古天皇」 の即位と 摂政としての 「聖徳太子」、 「蘇我氏」 (本宗家)の滅亡から 「乙巳の変大化の改新」、 ・・・ などなど、 興味深い話題に満ちてはいますが、 たくさん憶えることがありますね。 もちろん、 受験に最低限必要な歴史用語を憶えなくてはならないのは、 言うまでもありません。

 しかし、 この時代を概観する上で最も重要なキーワードは、 「律令制度」 です。 「大宝律令」 は飛鳥時代の最後を彩る最重要な歴史用語ですが、 天皇律令制の確立 というキーワードを中心に据えて、 この時代の流れと歴史用語を頭に入れていく方がよろしいのではないかと思います。 一見遠回りであるように見えますが、 時代の様子を少しでも理解してから捉えさせるのは、実は近道になるのです。

 ただ、 ここで断っておく必要がありますのは、 あくまでも中学受験という枠組みからの、 一つの 「見解」 であるということであり、 「律令制が実際にどの程度実効性があったのか」 など、 歴史論争をするわけではありません

 飛鳥時代は、 律令制度の完成に到るまでの過程を押さえることが必要です。

 律令制度は、大王(天皇) を中心とした国家組織がしっかり機能しませんと、 制度はつくったけれども、 目標達成とは言えません。

 聖徳太子の政治の仕組みづくりとして教わる、「冠位十二階」 について見ましょう。 その主な内容として、「家柄にとらわれることなく、能力のある人を登用できるようにした制度」 という説明は、よいのですが、 本当の狙いは別のところにあったわけですね。 推古天皇 ・ 聖徳太子には、 豪族の連合体であったヤマト政権の 「氏姓制度」 に支えられた政治構造から脱して、 天皇を長とする本格的な 「官僚制」 を構築したいという意図があったと思われます。 お隣の」 の、科挙」 によって能力の高い者を取り立てる方式を見ていたら、 焦りもあったかもしれません。 もちろん、一気に目的を達成することは困難です。 本当に聖徳太子が考案したのかという研究がなされていますが、それは別としまして、 「十七条の憲法」 も同じ発想から出てきたものでしょう。 土地と民を所有して長年発言力のあった豪族たちから、 土地と民を取り上げ、 それまで発言したくてもできなかった人にその権利を与えることになります。 たいへんな抵抗があって当然です。 律令制度の制定には、 古来より合議制だった政治を天皇に集権し、 鶴の一声を強めるつもりがあったと思われるのです。

 このように、 視点を変えて別の角度から見たり、 トリビアをほんの少し織り交ぜるなどしながら 「原因と結果」 をはっきりさせます。

 藤原一族は、 律令制度を利用してのし上ってきた人たちです。 「持統天皇(上皇) ・ 文武天皇」 の命で、 「藤原不比等」 が 大宝律令でその選定に関わり (その後も養老律令へと改修)、 勢力を広げていきました。 その50年以上前から 「中臣(藤原)鎌足」 は、 「中大兄皇子」 と組んでいることから、 一族の繁栄を見据えての深い思惑を感じませんか。

 歴史に名を残す人物たちは、 良い人悪い人のくくりでは判別することはできません。 一人ひとりは、 とても魅力的なエピソードを持つ人物です。 私は、 そこを取り上げて生徒の好奇心をくすぐることに努めます。

 その時に大切なことは、 今、 どこの時代を学習しているのか、 歴史全体の中の、 どこに位置づけられる内容なのか、 ということをしっかり意識しながら学習することです。 

 私が小5の歴史で気をつけているのは、このようなことです。

 さて、 前回のトップ掲げた方は菅原道真」 です。 「宇多天皇」 の寛平の治で、 主導的立場だったにも関わらず、 藤原氏により政治の記録が抹殺された可能性も指摘されています。

  今回のトップに掲げた方はどなたでしょうか。 お考え下さい。

 奈良の大仏の造立に協力した方です。  

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